遺産について
どのような経済的価値があるのもが遺産(相続財産)となるのかを知ることは、相続人が相続手続きを行う上で欠くことのできない知識と言えます。
また、遺産は、プラスの積極財産ばかりではなく、消極財産と呼ばれるマイナスの遺産もあるので、相続人は被相続人の遺産の範囲を十分に見極めて相続する必要がります。
遺産の相続問題が円滑で満足する解決に至るには、法的な専門知識と理解が必要なことも多いので、出来る限りこれらの問題に精通した専門家の知恵と経験を借りることがお薦めです。
遺産とは
ここで取り上げる遺産とは、相続財産と同じことで、死者(被相続人)が生前有していた財産や本人に帰属する権利・義務等の有形・無形的価値(但し、一身専属権(本人以外の者では目的を達することのできない権利。例えば、資格や年金受給権を除く)の総称です。
一般的に使われる「遺産」の意味は、歴史的に受け継げられた、世界遺産のような有形建造物や伝統的な口承、祭り等の文化的無形価値も遺産に含まれます。
民法896条には、「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。但し、被相続人の一身に専属していたものは、この限りではない」と規定されています。
つまり、相続財産である遺産は、「相続開始の時」すなわち、被相続人が死亡と同時に、何らの手続きを経ることなく、当然に相続人承継されます。例え、被相続人が死亡したことを被相続人が知らなかったとしても、被相続人に遺産は、被相続人に移転するのです。
代表的な遺産(相続財産)
一口に遺産と言っても、その範囲は多岐に及びます。被相続人から承継する遺産、すなわち相続財産はどのような財産価値を有するものまでを含むのか知る必要があります。
預貯金、株や国債、社債、一般債権(貸付金や未収金等)の金銭債権や土地・建物等の不動産、現金、貴金属、書画骨董、家具、果樹・立木等の積極財産は遺産を代表するもので、当然、相続の対象となる遺産に含まれます。
これらの遺産は、その価値を貨幣で測ることが可能なであり、分割可能な可分債権であるので、これらの遺産相続は、法律上、遺言のない場合は、被相続人が亡くなったと同時に生じる相続開始とともに推定相続人が遺産の法定相続分を分割相続します。
ただ、預貯金の名義書き換えは、金融機関の厳格な運営規則に従っているので、相続人間の合意で預金を相続しても、相続人間全員の同意書の提示がないと、応じてくれないことが一般的になっているので注意が必要です。
生命保険は遺産に当たるか
生命保険は、保険料の支払いを行う契約者や、万一の時に保険金を受け取る受取人、保険の対象となる被保険者等が契約した保険によって異なることがあります。
契約内容が、保険料の支払いを行っていた者(契約者)と保険の対象となる被保険者が被相続人で、保険金の受取人が相続人を含む被相続人以外のだれかである場合は、この保険金は、保険料を対価とする遺産は別の保険契約から生じる「受取人固有の権利」と考えられるので、被相続人の遺産には含まれないことになっています。
ただ、保険契約の内容が、保険金の受取人が被相続人自身である保険契約である場合は、保険金は、被相続人の死亡により被相続人に帰属するので、遺産(相続財産)に含まれます。
また、生命保険等は、被相続人が契約者で被保険者となり、受取人を相続人の誰かのために(例えば次男の為にだけ等)保険支払いを行っていた場合、被相続人の死亡で、保険金は受取人に支払われますが、この際、ある特定の相続人である受取人が、特別受益者(特別な経済的利益や贈与を被相続人から受けたもの)と認められる可能性もあるので、持ち戻し(ある相続人が特別に受けた遺産を、再度、被相続人の遺産に参入して相続財産を計算し直す)等の協議が必要な場合もあるので、相続人間で十分話し合う必要があります。
死亡退職金・遺族年金は遺産に含まれない
死亡退職金制度の制度趣旨は、被相続人が死亡した場合における、遺族の生活保障のためにあると言えます。
会社の就業規則に準拠した受給権は、受給者の固有の権利として認められているため、これを覆す特段の事情が無い限り、被相続人の遺産(相続財産)に死亡退職金は含まれません。また、死亡者の家族に対して支払われる「遺族年金」も同様の趣旨から、遺産に含まれないとされています。
株主としての地位(社員権)は相続遺産になるか
株式会社の実質的な所有者である株主たる地位、また、かつての有限会社の社員たる地位、合資会社(有限責任社員と無限責任社員の2種類の社員で構成する会社)の有限責任の社員たる地位は相続財産たる遺産に含まれます。
ただ、合名会社の社員権や合資会社の無限責任社員の社員たる地位は、これらの社員の個性が最も重視されることなので、他の人格である相続人には承継されないのが原則です。
ただ、これらの会社の定款に、相続を認める記述があれば、相続出来ることになります。
更に、合同会社の場合の原則も、定款に被相続人の社員たる地位を相続人が引き継ぐとの明文が存在すれば、被相続人の持分をそのまま引き継ぎますが、このような定款の定めがない場合は、被相続人の出資額相当の金銭等が相続人に支払われることになります。
賃貸借権は遺産となるか
被相続人が住宅を賃借していた場合の賃借権も、賃借権は財産的価値を有するので、原則としては被相続人の遺産(相続財産)に含まれ、相続の対象になります。
また、賃貸人(貸し手側)の法律上・契約上の地位もその相続人に承継されるのが原則です。
ただ、不動産の賃貸借契約は賃貸人と賃借人の個性を重要な要素とする信頼関係に基づく契約なので、契約内容によっては、必ずしも賃借権を有していた被相続人の権利を相続人がその遺産として当然に引き継ぐとはしない場合もあるので注意が必要です。
賃貸借においては様々な契約形態が考えられるので、専門家と相談して個別に検討する必要が生じます。
損害賠償請求権は遺産(相続財産)になる
遺産には、交通事故等で被相続人が死亡した場合に発生する医療費や慰謝料、被相続人の逸失利益(万一被相続人が事故に遭遇し死亡しなければなければ得られていたであろう利益)も、相続人の損害賠償請求権として、遺産となることが判例上認められています。
祭祀財産
墓地の永代使用権、墓石、仏具・仏壇等の祭祀に関連する祭祀財産は、法律上の遺産(相続財産)には該当しません。祭祀財産の承継は、一般的に慣習で祭祀を主宰する者が承継します。ただ、被相続人が遺言によって祭祀承継者を指名することも可能です。
消極(マイナス)遺産の承継
相続は、被相続人の権利・義務等の法律上の地位の全面的な相続人への承継なので、被相続人が生前有していた遺産は、プラスの遺産である積極財産の他、相続人は、マイナスの遺産も相続するのが原則で、相続人はこのマイナス遺産(負債等)の返済義務を負います。
被相続人のマイナスの遺産が、金銭債務等の可分債務の場合は、相続に人の相続割合に按分して承継されます。
ただ、雇用契約に対する身分保証やある一定の債務に対する継続的な保証の「根保証」については、この保証形態が被相続人と保証を受ける者との人的な信頼関係を重視して行われ、これをそのまま相続人に承継させたのでは、相続人に不測の損害を被らせることに繋がる危険もあるので、原則としてこのようなマイナスの遺産は原則として承継されません。
尚、契約には、様々な形態・種類・条件等があり複雑な場合も多いので、個々の契約内容を十分検討して結論を出す必要があります。
遺産相続出来ないもの
遺産相続が出来ないもの、すなわち一般的に遺産に該当しないものに、被相続人が有していた被相続人だけが権利行使し得る「一身専属権」と呼ばれる権利があります・
例えば、被相続人の法的身分を前提に支給される生活保護請求権や恩給請求権、厚生年金等は、被相続人の「一身専属権」であり、相続人はこれらの権利を遺産として相続することはできません。
また、民法には、何種類かの契約形態が定められていますが、被相続人と個人の信頼関係が元となり、使用に際して賃料が発生しない「使用貸借契約」は、遺産には入りません。被相続人の死亡により、使用貸借契約は効力を失います。
更に、個人間の信頼関係を契約の基礎とする「委任契約」や「雇用契約」も遺産相続の対象外です。例えば、難しい法律問題の解決を法律家に委任しても、受任者が亡くなれば、その信頼関係は相続人であっても承継されるとは限りません。これは、「雇用契約」でも当てはまり、例え優秀な被相続人に依頼した場合でも、その子やその相続人がこれと同様の力があるとは限りません。
この他、遺産に対する所有権の帰属関しては、様々な形態が生じ、相続法や判例に対する知識と理解も、円滑な手続きや相続人の間の合意形成必要な場合も多いので、遺産相続実務に精通した専門家と十分協議の上、手続きを進める必要があります。